犬に噛まれた際の対処法や治療費、保険の適用、ケガや病気について

犬 噛む1
愛玩動物看護師
監修者:渡邉鈴子

栃木県生まれ。帝京科学大学にて4年間、動物看護学をはじめとした動物関連の科目を学び、2023年5月には愛玩動物看護師免許を取得。これまでにうさぎや猫の飼育経験あり。現在では、ペット栄養管理士の資格取得に向けて勉強中。

「愛犬が他人を噛んでしまった」もしくは「愛犬以外の犬から噛まれてしまった」など犬による噛みつき事故は、犬を飼っている方ならいつどんなタイミングで訪れるかわかりません。

実際に噛みつき事故に遭遇した場合、どのような対応を取れば良いのでしょうか。

この記事では、犬に噛まれた際の対処法や治療費、保険の適用、ケガや病気などをまとめました。

 

しつけられた犬が噛まないとは限らない

犬 噛む2

犬を飼っていると愛犬の「吠え癖」「粗相」「噛み癖」などに悩まされることがありますよね。特に噛み癖はケガや感染症など健康被害をもたらすほか、万が一他人を噛んでしまったら賠償のリスクも伴います。

環境省の報告によると令和2年度に日本国内で発生した犬の噛みつき事故の件数は4,602件あり、そのうち野良犬によるものは54
件と意外に少なく、ほとんどはペットとして飼われている犬によるものでした。

犬が人を噛む状況は様々のため、噛まないようにしつけをしている犬でも100%安心だとは限りません。

犬が何かの拍子で興奮したりひどく驚いたりと、危険や恐怖を感じるような場面では、しつけられた犬でも噛むことがあります。飼い主さんは、もしもの際の対処法を知っておくことが大切です。

出典:環境省 動物愛護管理行政事務提要(平成30年度版)「犬による咬傷事故状況(全国計:昭和49年度~令和2年度)

 

犬に噛まれた際の応急処置方法

犬 噛む3

犬に噛まれた際の応急処置法

傷口を洗い流す
止血する
病院で受診する

犬に噛まれると、多くの人が痛みと驚きで手を勢いよく振り払って犬を引き離そうとします。しかしその行動はとても危険です。

犬には肉を裂くための鋭い犬歯があります。手を引くことによりその犬歯が余計に食い込んだり、裂傷をつけたりする可能性が考えられます。

噛まれても身を引かず、周囲に人がいる場合には手伝って貰い、まずは犬の口を開かせることが先決です。

ドッグランや散歩中に犬同士での噛みつきが起きた際には、興奮して周りが見えなくなっている犬が止めに入った飼い主さんを噛むケースも多くあります。そのため状況にあった冷静な行動を取ることが大切になります。

 

傷口を洗い流す

どんなに衛生管理に気を遣っている愛犬でも菌を保有しています。傷口に菌が触れると、そこから菌が体内に侵入します。

犬に噛まれたら傷口を「流水」でしっかりと洗います。バケツや桶などに溜めてある水に傷口をつけて洗うと、水の中に菌が広がるだけで実は洗えていないことがほとんどです。一瞬は傷口から菌が離れても再度付着します。

消毒液があるなら、傷口を洗い流した後に消毒をしておくとなお良いですね。また傷口に絆創膏を貼ることは好ましくありません。洗い流しきれなかった菌が逃げ場をなくして体内に入り込み、傷の治りを遅くする可能性があるためです。

そして応急処置が済んだら病院へ行き治療を受けてください。傷が浅い、血が止まったからといって放置することは危険です。細菌感染には十分に対処する必要があります。

 

止血をする

小さな傷の場合は流水で洗っているうちに血が止まることが多いです。しかし傷が深く出血がひどいと簡単に止血できない場合もあります。

応急処置として傷口に清潔なガーゼやタオルをあてて強く圧迫し、患部はできるだけ心臓より高い位置に上げてください。

 

病院で受診する

浅い傷や愛犬に噛まれた場合には、応急処置のみで済ますことが多いかもしれません。

しかし傷は浅くとも感染症のリスクもあるため、傷の深さに関係なく病院で受診することを推奨します。

自分の愛犬だと安心をしがちですが、どんなに清潔を意識していても犬は菌を持っています。潜伏期間中の処置で感染症の発症を防げることもあるので、きちんとした治療を受けることが重要です。

愛玩動物看護師 渡邉鈴子さん
もしほかの犬に噛まれた場合はその飼い主さんに狂犬病予防接種を受けさせているのか確認しましょう。もし受けさせていない場合は、病院を受診し、お医者さんの指示に従いましょう。

 

犬に噛まれた際の保険の適用や治療費

犬 噛む4

自身の愛犬以外の犬に噛まれて病院で受診する場合、病院側の手続きがややこしくなることから健康保険は適用されないと説明されることがありますが、建て替えの形で健康保険で受診することができます。

ここでは、ケースごとに保険の適用や治療費を紹介します。

 

自分の飼い犬に噛まれた場合

自分の愛犬に噛まれた際は、「自身の所有物」でケガをした扱いになるので通常通り健康保険が適用されます。

 

他人の犬に噛まれた場合

他人の犬に噛まれた際は、噛まれたのが通勤や仕事の最中かそれ以外かで、適用される保険の種類が変わります。もし通勤や仕事中に負傷した場合は、労働保険の適用対象となるため勤務先へ連絡し指示を仰ぎます。労働基準監督署へは勤務先から連絡が入ります。

通勤や仕事中の事故でない場合は、民放上の第三者行為にあたるので、治療費は犬の飼い主の10割負担となります。傷の深さに関わらずできれば一緒に一緒に病院へ行き、飼い主に治療費を払って貰うことが最も手続きが簡単な方法です。

一時的に健康保険で治療を受ける際には、自己負担額(例:3割)をとりあえず自分で払って後から飼い主へ請求をするのか、その都度飼い主が支払うのかは当事者間の交渉次第です。しかし保険証を発行する保険組合や協会に届け出をする必要があります。

後日保険証の発行元から飼い主へ立て替えた医療費(例:7割)が請求されるため、届け出をする前に示談はしないようにしてください。示談内容によっては、発行元が飼い主に立て替えた医療費の請求ができず、その分の請求が噛まれた側にくることがあります。

飼い主が個人賠償責任保険に加入または犬に損害保険をかけている場合には、病院側での手続きの方法が変わるため、事前に飼い主に保険加入の有無を確認しておくとスムーズです。

 

法律上の扱いや被害届

犬の噛みつき事故は飼い主に刑法上の過失が認められる「過失傷害罪」にあたります。しかし過失損害罪は親告罪のため、被害者が被害届を出さない限りは適用されません。出血を伴う大きなケガの場合は被害届を出してください。

被害届を出すことと告訴することは別問題です。

被害届を出したからといって全ての案件に警察が動くわけではありません。被害届を出すことにより、以前にも同一の犬に対して被害届が出ていないかの確認が取れます。もしほかにも被害届が出ていたならば、これ以上の被害を出さないために捜査を行うことがあります。

相手の過失があまりにもひどい、態度に問題がある、よくトラブルを起こしている所を見かけるなどの場合は被害届を出すことをおすすめします。

また事故の原因が飼い主が犬をけしかけたり、なにか故意的な行動を取っていたりした場合には、過失傷害罪ではなく「傷害罪」となります。

 

保健所への報告義務も

犬の噛みつき事故が起きた際には、保健所への報告義務があります。

各自治体の条例により多少の違いはありますが、基本的には噛んだ犬の飼い主のほかに被害に遭った人、治療にあたった病院の医師からの報告も必要です。

自身が住んでいる地域の報告の方法を確認し、適切な報告を行ってください。

 

犬に噛まれた際の治療費

噛んだ犬の飼い主に民法上の「不正行為責任」が成立すると損害賠償請求ができます。治療費や仕事を休んだ際の休業損害、精神的苦痛に対する慰謝料などが賠償の範囲となります。

日本の法律は「動物愛護及び管理に関する法律」も含め全て人を主とした法律のため、ペットは「物」として扱われます。そのため愛犬がほかの犬に噛まれた際には、愛犬主体で治療費や精神的苦痛への慰謝料などの賠償請求ができません。

自分の「所有物」へ与えられた損害として損害賠償請求を行うことになります。

 

犬に噛まれたことで起こり得るケガや病気

犬 噛む5

犬に噛まれた際に起こり得るケガの症状や病気を紹介します。

 

ケガ

犬に噛まれたことで起こり得るケガ

内出血
裂傷
腫れ

犬に噛み付かれた際には、「内出血」「裂傷」「腫れ」などの外傷を負うことがあります。

 

内出血

犬に噛まれた際、噛まれた部分の皮下組織や体腔内に血液がたまって赤紫色に腫れる「内出血」が起こることがあります。

初期段階では痛みを伴う炎症があるので、症状を悪化させないためにも患部をすぐに冷やすことが大切です。そして腫れが引いてきたら、今度は逆に血行を良くするために患部を温めることで治りを早めます。

しかし完治後に内出血のあざの痕が残ることもあります。人間の体は衝撃を受けると防御機能が働き、メラニン色素が多く生成されるためです。特に日本人はあざの痕が残りやすいとされます。

症状が内出血のみの場合は時間の経過とともに自然治癒しますが、皮下組織にダメージを受けている場合は完治までに時間がかかることもあります。

また皮膚に多少でも傷を負っていると、そこから菌が体内へ侵入し感染症を引き起こす恐れもあるため、治りがあまりにも遅い、患部が赤く腫れて熱を持ってきたなどの症状が見られたら、早急に医療機関で受診してください。

 

裂傷

犬に強い力で噛まれ、驚いて腕を引いたり振り払ったりして犬歯で皮膚を引き裂かれると、深い傷を負い出血も多量となり危険です。このように皮膚や表面などが裂けている傷を「裂傷」といいます。

裂傷は切り傷とは違い、傷の表面がギザギザとしているため治癒しにくく、傷痕も残りやすいです。大きな傷の場合は縫合の必要もあります。

また裂傷は感染症にも気をつけなくてはなりません。裂傷部から体内に細菌が侵入すると、皮下組織で菌が増殖し患部が化膿します。化膿すると治りが遅くなり、最悪の場合傷の周囲が壊死することがあります。

そして表面の裂傷よりも怖いのが、犬歯が皮膚を貫通した場合です。犬歯についた細菌が体内の奥へ直接入る恐れがあるからです。

犬歯が針のように皮膚を刺して貫通しそのまま抜けた状態だと、表面の傷は小さく見えます。そのため痛みはあるものの放置しやすいのですが、普通の裂傷より体内へ細菌が入った可能性が高いので、きちんと病院で治療を受けることをおすすめします。

 

腫れ

傷口から体内へ細菌が入り、皮下組織で菌が繁殖する状態を「化膿」といいます。化膿すると患部がひどく腫れて痛みが増します。

腫れや赤み、患部周辺が熱を持つなどの症状が見られたら、病院での早急な治療が必要です。

裂傷同様、傷口が小さい、出血が少ないからと油断をせず、患部の状態をしっかりと観察して少しでもおかしいと感じたらすぐに病院へ向かってください。

 

感染症

犬に噛まれたことで起こり得る感染症

破傷風
狂犬病
パスツレラ症

犬が持つ細菌に感染することで発症する恐れのある「感染症」を紹介します。

 

破傷風

「破傷風」とは土の中に多く存在する「破傷風菌」に感染することで発症します。最悪の場合、死に至る怖い病気です。

傷口から体内に菌が入ることで感染することが最も多く、口元の麻痺や顔面筋の痙攣が現れ、時間が経ち感染が進行すると全身麻痺や筋肉弛緩などの症状が見られます。潜伏期間があるので、受傷から数週間は様子を見て生活してください。

日本では破傷風の予防接種が義務付けられており、一般的には学校で集団接種を行います。しかしその働きは10年程度のため、大人になると免疫力が低下している時や高齢者などは特に注意が必要です。

あらかじめ予防接種を受けることで感染を回避できるほか、噛まれた後にも「破傷風トキソイド」を摂取することで発症させない処置を取ることが可能です。

 

狂犬病

「狂犬病」は「狂犬病ウイルス」を保有している犬に噛まれた際に感染し発症します。

発症すると発熱や食欲不振、知覚異常などの症状が見られます。さらに進行すると、水が飲めない恐水症や麻痺、痙攣発作などが起こり、血圧低下や呼吸困難、全身麻痺などで命を落とす場合もあります。現在も明確な治療方法は確立されていません。

狂犬病は潜伏期間が長く、感染から1〜3ヶ月くらいの時間が経過したのちに発症するケースが多いです。中には1年後に発症した事例もあります。また一度発症すると打つ手がなくなります。

現在日本では、犬を飼育する際に狂犬病の予防接種が義務付けられています。50年以上狂犬病の発症は報告されていないため、発症の可能性はほぼゼロといえます。ただ海外では毎年狂犬病での死者が出ており、海外へ渡航した人や輸入された動物がウイルスを持ち込まないとは限らず、安心はできません。

海外渡航中に犬に噛まれた場合は応急処置をし、早急に病院で発症させないためのワクチンを摂取してください。日本で噛まれた場合も、噛んだ犬がきちんと狂犬病の予防接種を受けているか確認し、万が一受けていないまたは不明な場合には医師へ相談をしてください。

 

パスツレラ症

約75%の犬が常に口内に保有している「パスツレラ属菌」に感染することで「パスツレラ症」を発症することがあります。

噛まれること以外に爪で引っかかれることによる「引っかき傷」や、愛犬とのスキンシップ中に口や傷口を舐められることでも感染する恐れがあります。

一般的な症状としては、患部が腫れて化膿します。しかし最近では、骨髄炎や呼吸器疾患を起こし重症化や死亡に至るケースも見られます。

高齢者や糖尿病患者、免疫力が低下している人が感染しやすいです。

治療には抗生物質が有効に作用します。

 

しつけは愛犬を「守る」ことでもある

犬 噛む6

犬の「噛み癖」をつけないしつけを行うことは、人にケガを負わせないために必要であることはもちろん、愛犬のためにもなります。

大切な愛犬が他人を噛んでしまい「危険な犬」だと思われることは、飼い主さんにとっても愛犬にとっても悲しいことですよね。

しつけをすることで100%噛まなくなる保証はありませんが、リスクを減らすことは可能です。大切な家族を「守る」意味でも、子犬の頃にしっかりとしつけを行い、噛み癖をなくしてあげることが大切です。

また逆に犬に噛まれてしまった場合には、感染症の恐れもあるので、傷の程度が軽いからといって自己判断をせずに、きちんと医療機関を受診してください。

関連記事